UNDMESS.LIFE

オカルトを追い求めて旅する23歳の手記

手記:流されるのも悪くない

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イスタンブールの夜」 Photo by Yoshito Takahashi


夏風のジメッぽさがすっかり消え去り、「いい加減走り出せよ。」と言われているかのように季節が変わろうとしている。
どれだけ幾度となく、この風に乗ってどこか見たことのない世界に流されたいと思ってきたことだろうか。果てしなく続く「何か」をちゃんと見つめて歩いていかなくてはいけないはずなのに。

 ずっと歩いてきた道をふと思い出すことがある。明確には覚えていない場所につい戻りたくなる。もう戻れないことくらい誰だって分かっている。分かっているけど、懐かしい道を歩きたくなるものだ。これからの道を考えると余計に思う。そんな時は決まって静かな夜風を浴びることにしている。知らないうちに、そっとイマに戻してくれるから。

 

時々、成り行きに任せたくなる。重要なこと、どうでもいいこと、何に対しても。それはきっと、そう思わないとやり過ごすことができない瞬間があるからだと思う。

先日、電車に乗って終着駅まで腰を掛けて過ごしていた。電車に乗車する直前、終着駅からのスムーズな乗り換えを見越して、最短距離でエスカレーターに到着できる車両に乗り込んだ。それから走ること數十分。終着駅へ間も無く到着するというタイミングで、乗車していた車両が少し混み始めた。そして、停車するまで座っていたせいか、降車するタイミングが完全に遅れてしまったのである。準備したこっちが馬鹿馬鹿しくなって、「こうなったらもう、エスカレーターには乗らず階段で行ってやる」と、謎の強がりをしてしまった。

先に降車した人がまだエスカレーターの列に並んでいたタイミングで階段を登り始めたが、多少の疲れはあるものの降車から一度も立ち止まらずスムーズに乗り換えができた。

特段走ることもなく急いでいた訳でもなかったが、結構ギリギリの乗り換えだったため少し気持ちがよかった。

 

こんな風に後の事を考えて準備をしていたけど、いざ目の前に物事がくると、予想に反した行動をしてしまう瞬間が今まで何度も何度も訪れてきた。

予想って結局予想でしかないのかも。

流されてしまうのも悪くないかなと思ってしまうことが、一番の恐怖で一番の堕落だと思っていた。それと同時に、流されてしまうことが一番の逃げ道ではないかとも思っていた。でも、こういうことではなくて、もっと流されることを楽しんでいく作業が、一番大変で一番面白いのかもしれない。

だって、答えが全然予想つかないから。

まだまだ途中とも捉えることができるし、もう終わりだなとも捉えることができる感じで、とても曖昧なものだけど、よくよく考えてみれば曖昧さの連続でしかなかったような気もする。

でも、勘違いしてはいけないのが、何か明確なアイデンティティのようなモノが並行して無ければ、ただの放浪者になってしまう。そこをどうにかして見失わないことで、流されてもいいかなと思う。  

 

この世の中、選択肢って無数にあるように見えて、意外にも数個しかないかもよ。そんなことを夜更けに考え出し、それだったら若いうちに失敗しておこうという結論に至った。それは流されることで成し遂げることかもしれない。

 今の季節、夜の風ってすごい気持ちがいい。得体の知れない恐怖もどこかへ流してくれそうな気持ちいい風。いつかこの風に流されたい。