UNDMESS.LIFE

オカルトを追い求めて旅する23歳の手記

手記:学生生活最後の一人旅、UFOに取り憑かれた僕

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「スコールが止んだリモージュ」 Photo by Yoshito Takahashi

 

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「レンデルシャムの森」 Photo by Yoshito Takahashi

 

参照:

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〜一夜にして消えた街、UFO専用空港を求めて〜

パリに着いた途端、急激に冷え込んだ風が吹き荒れている。空港からバスで中心部に向かい、雨上がりの夜を練り歩きホテルへと到着した。道中、中国人が経営している日本食レストランを発見し、迷うことなく入店した。

翌日になり、パリの人類博物館とケ・ブンラリ美術館へ足を運び、人類の叡智と歴史を感じていた。水溜りが反射して目が冴える頃、当てもなくただ歩き続けていた。やはりパリの人々はお洒落な人が多い。それに加え、店内の内装、建築様式、芸術の都と呼ばれるだけあって、デザインがいちいちお洒落でデザイナーの感性が豊かなのかなと感じざるを得ない。

いつもの街ブラを終えると、ふとフランス料理が食べたくなり、たまたま身内の知り合いがレストランを営んでいるらしく、今回の旅で唯一贅沢な食事となるであろうフランス料理に導かれながら、少し緊張した顔でお店にお伺いした。すると、しっとりとした雰囲気のサービスの方に名前を聞かれ、完璧な間で自分の名前を名乗った。「お待ちしておりました。」と一言。椅子に腰をかけると、メニューを差し出され、迷うことなくワインの銘柄に目がいった。赤ワインを注文し、そのままコースを頼んだ。めちゃくちゃ美味しい。それからほろ酔い気分になった僕は、キュイジーヌに案内され身内の知り合いであるオーナー夫婦に感謝の挨拶をし、お店を去った。

お世辞でも何でもなく、本当に美味しくフランス料理のフの字も知らない僕に対しても、丁寧に接してくれた。フランス料理が一気に好きになった。

翌日、目的地の一つ「オラドゥール=シュル=グラヌ」に訪れるべく、リモージュという地方都市に向けて長距離バスに乗り込み出発した。パリを離れるにつれて、田舎の田園風景が広がっていき、約6時間の道程だったがあっという間に時間が過ぎ、リモージュ駅に到着した。目的地は明日のバスで向かうため、このままホテルにチェックインして、駅にある観光案内所を尋ねた。

すると、明日は日曜日でバスが運休していることが判明した。このままでは後々の予定までもが狂ってしまい、タクシーで行こうにも料金が高額だと釘を刺され、どうしたものかと一度部屋に戻って最善の策を考えた。先ほど頂いたバスの時刻表を眺めていると、翌々日の早朝にバスが出ていることに気付いた。これなら目的地で十分な時間も取れて、尚且つ先々の目的地も問題なく行くことができる。そうして明日は1日何も考えずに過ごそうと決めた。

そして翌日。僕はダラダラと時間を持て余した挙句、颯爽とホテルの部屋をカメラ片手に駆け出し、小雨が降りしきる中、田舎町に佇む中世ヨーロッパを彷彿とさせる美しい駅舎を通り過ぎ、街中の風景をファインダーから覗き込む。僕は今、遥か異国の地に立っていると改めて感じる足は、少し浮足立っているようにも思える。とはいえ、柄にもなく美しい街並みに無我夢中でシャッターを押し続けると、気がついた頃には既に夕時になっていた。

リモージュの街歩きは何とも言えない心地よさがあった。建物や人々が西欧ではあるものの、どこか僕の地元みたいな雰囲気があって、これまで旅をしてきた中で一番好きな雰囲気だったと思う。言ってしまえば田舎なわけだが、駅もそれなりに立派で、トコトコ歩いていくと気持ちのいい川が流れており、でも日曜日ということもあってか街の雰囲気がどこか寂れており、昼食をとったマクドナルドだけは混んでいる。この手の写真も今後気が向いたら撮ろうかと思った日だった。

まだ小雨が降りしきる中、早朝に目を覚ましチェックアウトと同時に荷物を預け、バス乗り場へと向かった。ようやく行けると思いながら、バスへと乗り込み早々と出発した。乗客は僅か3人。少しの時間でも寝たいと思っているうちに到着し、共に降車した同年代の男子に道を尋ね、日本から来たことを説明すると案の定驚かれた。そうして歩きながら会話して、彼はナイキのスニーカーを汚すかの如く雨の中を小走りで家路へと、僕はまだ見ぬ景色へと向かった。

目的地では雨の中丸々2時間歩き回り、何とか納得のいく写真を撮ることができた。そして、再びリモージュ駅へと戻り預けた荷物を引き取って、そこから「BlaBlaCar」という相乗りサービスを利用した。このサービスは予め登録しているドライバーが、日時と目的地を設定して、それにドンピシャで当てはまる移動希望者は多少のお金を支払って俺の車に乗ってけよといったサービスである。イメージとしては、事前にアポを取るヒッチハイクのようなものといったところか。

https://www.blablacar.com

勿論、他の相乗り人も赤の他人。しかし、値段が驚くほど安くて、おまけに飛ばしてくれるから予定よりも早く到着する(ドライバー次第)ため、もっと早くに発見したかったサービスであった。というのも、この街で見事に予定が崩れ、その後の電車もキャンセルして、一から移動手段を探ったのである。電車の時間と上手く噛み合わず、かと言って長距離バスも出ておらず、街中でヒッチハイクをするにも走っている車が少ないし、タクシーは当然高く付くしと、ある意味背水の陣ではあったが、奇跡的にこのサービスを知り、運良くドライバーを発見できた。

そうしてワインの街ボルドーに到着した。ここボルドーから車で小1時間の海岸に、どうやらUFO専用空港があるらしくカメラに収めるべく訪れた。結果的には、冗談半分ではあるが小さなUFOのオブジェが飾られており、市長も公認している結構面白い場所だった。ここに訪れた日本人は恐らく僕だけだろう。

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そんな中、ボルドーでも性懲りなくいい感じのラーメン屋に入っていった。どこにいたって、食べたい物は変わらないものだな。旅情が全然ない僕は、どこか勿体ない気がするのと同時に、海外の日本食という何とも地味なフレーズと共に旅路を進んでいった。

折角ボルドー来たしワインでも飲むかと一瞬頭をよぎったものの、また訪れた時に飲めばいいやと思ってそのままパリへと向かった。フランスはまた来そうな感じがして、その時のお楽しみということで、先ほどのパリのレストランの方にもボルドーのお店を紹介されたが、バジェットを抑えたかったので結局足を運ぶことはなかった。

再びパリに戻った僕は、有名な納骨堂を写真に収めて、翌日のロンドンに向けて十分な睡眠をとった。

 

〜レンデルシャムの森事件を求めて〜

シャレオツなパリ市民の中に混じってタクシーを捕まえて空港に向かった。やはり2月のフランスは寒い。

荷物を預け出国審査をし、ロンドンに向け飛行機はテイクオフした。ロンドンの入国はどんな感じだろうかと楽しみにしていたら、まさかの日本と同じ自動ゲートだった。特定の国籍に限るが、非常にスムーズで楽である。そして、長距離バスでロンドン中心部に向かい、ロンドンではかなり安いホテルにチェックインした。というのも、そもそもロンドンのホテルがべらぼうに高く、消去法といったところである。

明日はいよいよ昔テレビで知ったUFO事件の現場に訪れる。どこか80年代のUFO番組で冒頭に流れるあのBGMが脳内を駆け巡った。あの耳の残る音は何だろうか。誰が創ったのか。いろんな思いが交錯しながら寝床についた。

翌日、事前に手配した日本人ドライバーの車に乗り込み、レンデルシャムへと向けて出発した。僕がアポを取るまでは全然知らなかったらしい。それほど知る人ぞ知る場所なのだろう。車中での話題は専らコロナである。既に中国ではロックダウンがなされ、日本でもマスクが店頭に無くなっている状況下。我々も気をつけようと話しながら、途中コンビニに立ち寄り朝食を買って車内で食べ、一先ず仮眠をとった。それから程なくして、残り1時間といったところで目を覚ました。窓から望む景色は既に木々に囲まれて、いよいよ到着するのかと高揚感に包まれた。次第に到着し、森の中へと入っていった。

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UFOトレイルといった名前の通り、遊歩道として観光地化されつつあり、中々シュールなスポットで撮りごたえがあった。訪れた甲斐があったとつくづく思えた。帰路に向かう途中、折角だしビッグ・ベンの横を通ろうかと提案された。そういえば、これまで有名な場所をロクに見てこなかったなと思い、減るもんじゃないし少し遠回りをしてホテルに到着した。翌日は1日フリーで、イギリスの古着街やファッション街に興味があったので、そこを巡ろうと決めた。

次の日、地下鉄を乗り継いでブリックレーンへと向かった。古着のお店が立ち並ぶのと同時に、フリーマーケットが開催されていた。古着屋を散策していた中で、ふと立ち寄ったお店にイカしたジャケットを発見し試着して購入。その後も適当にブラつき、何も買わず後にした。

ホテルに戻り、近くのスーパーで昨日と同様サンドイッチとスナック、軽めのデザートにコーラと水を買って、部屋にこもった。翌日の帰国に向け、荷物を整理しなければならず、面倒くさいけど何とか荷物をまとめて、そのまま就寝した。

冷気と共に僕は出国時刻の3時間前に目を覚ました。中々タイトなスケジュールで部屋を出て、電車に乗り込み無事に空港に到着した。チェックインの際、2週間以内にイランと韓国に訪れていないか尋ねられ、もう世界中で流行の兆しが見え始めていた。いいえと答えると、そのまま出国審査を通過し、飛行機へと搭乗した。モスクワ経由で帰国するのだが、機内は空席が目立ち青々しかった。日本人もチラホラと見える中、殆どの人はモスクワで乗り換えた。やはり機内は空席が目立ち、有償座席率が明らかに悪いだろうなと感じながらも、コロナの影響で致し方ないし、乗客としてはこの上ない快適さで過ごすことができた。

 

無事帰国し、税関を通り抜けるとインスタのDMを確認した。というのも、ギリシャに行っていた友人もこの日に帰国するらしく、バスで地元まで戻り親御さんが迎えに来て帰るという話を受け、帰路に迷っていた僕は「一緒に乗ってもいい?」と機内で送り、そのまま電波が使えなくなった。返事はOKとのことで、感謝に尽きる。

友人も無事に到着し、僕たちはそのまま家路に向かった。

 

正直かなり注意をして旅はしていた。といっても、僕自身が感染したという訳でもなく、まだ全然ヨーロッパではロックダウンする前で、僕も帰ってきてから念のため2週間ほど家からは出なかった。今回も無事に旅程を終えることができた。自己責任と他人に迷惑をかけないことを守りながら、情勢的に落ち着き次第これから先も旅を継続していこう。

 

P.S 旅で撮影した写真は適時下記のサイトで発信しているので、そちらからチェック。

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