UNDMESS.LIFE

オカルトを追い求めて旅する23歳の手記

手記:夜更けのおでん。

深夜のコンビニで飲み物と食料を選びレジに向かうと、何やら店員同士がざわついている。僕の顔に何か変なものがついているのかと思い、下を向きながら顔を掻いた。

それでもざわつきが収まらないので、会話を聞いてみると「あのおじちゃん、おでんの具を選んでカップに移したのに結局買わなかったね。」と。何だその面白そうな会話内容。それでも僕はいつも通り無愛想な出で立ちで振る舞い、パスタの温めを待っていた時、封筒を漁りながら入店してきたおじちゃんが「ごめんなさいね。それ買います。」とカップに移した自選のおでんを指差して言う。

それとほぼ同時にレンジがチンと鳴る。おじちゃんはおでんに使う薬味を選んで、パスタ用に準備した茶色のレジ袋に入れる。店員は面倒くさそうに再び茶色のレジ袋を用意し、パスタとフォークを入れ僕に「お待たせしました。ありがとうございました。」と。そのまま僕はレジから立ち去り店を出た。

恐らくだが、おじちゃんは最初の会計時に財布にお金が無く、おでんを諦めたが車に戻って封筒を持ち出し1万円を取り出してぬるくなったおでんを購入した。店員はまさか戻ってくるとは思ってなく、その証拠にレジ袋をパスタ用の一つだけしか準備していなかったことが挙げられる。それでも、おでんを購入するべくわざわざ戻って自選したそれらを見つめているおじちゃんを、店外から眺めていたが端から見て別に面白い要素なんて何一つない。

そこで思ったのが、おじちゃんは何故それでもおでんを買ったのかということ。取捨選択に追い込まれたあの時、おでんを選ぶこともできた筈だ。実際に「まさかタバコ代とジュース代しか財布に入っているとは思わなくて。いい匂いに釣られてね。」と言っていた。つまり、おでんはついでに買おうとしか思っていなかった。レジで会計を済ませている時に目移りしたのだろう。でも、おでんは本来の目的ではないから、戻るにも気が引けると思う。だって、店員に二手間くらい面倒を押し付けたのだから、戻ったら嫌な顔をされるに違いない。そういう嫌悪感をも払いのけてレジに戻ってきた。おでんにはそんなパワーがあったとは知らなかった。冬に人気の看板商品ってことは重々承知しているが、正直僕だったら嫌悪感を取るか逃亡を取るかと言われたら迷うこと無く逃亡を選ぶだろう。

それをも乗り越えるおでんの力。大方はレジでおでんを見つけてはついでに買おうと思い、それこそがコンビニおでんの強みである。でも、本気でおでんを欲しているのであれば僕は家で鍋を用意するだろう。準備するのは面倒だけど食べたい。その手軽くおでんを食べたいという要望に不自由無く応えているのがコンビニのおでん。

時々、コンビニのおでんを愛してやまない店外で屯している田舎のヤンチャな兄ちゃんに遭遇するが、タバコやお酒と違っておでんは言うまでもなく合法である。かといって、おにぎりやパンといったミニマムで可愛さを兼ね備えたものではない。おでんは渋いと言えば渋いし、少しでも自分の大人っぽさをアピールできるかもしれないのと同時に、若者が食べても何一つ違和感がないのも事実。それに付随して、おにぎりとかに比べてわざわざ箸を割らなきゃ食べられないおでんは、屯する一つの口実にぴったりである。その汎用性がもしかしたら田舎のヤンチャな兄ちゃんが惹き付けられる要因の一つなのかもしれない。それと共通して似ていたのがおじちゃんなのか。

おじちゃんは作業着を着ていたから、土木関係か工事関係やらの作業員だろう。ついでに買おうと思ったがお金がなく車に戻っておでんを買う。作業員の身なりでおでんだったら買い戻しても自然の流れだろうか。おでんだったら何食わぬ顔で車の中で食べられるだろうか。俺にはコンビニの飯でおでんが一番似合うだろうか。残念ながらおじちゃんの心理までは分からなかったが、おでんのパワーを知ることができたのは確かだ。

これからはおでんを取り巻く環境という視点から、コンビニを見回しても面白いかもしれない。