UNDMESS.LIFE

オカルトを追い求めて旅する23歳の手記

街歩きの奥深さ

旅に限らず普段の生活でも街を歩くことは息をするのと同じくらい生きていく上で欠かせないことだと思います。だから、ここ一年間でただ歩くだけでは勿体ないように思えて常に何か考えながら街中を歩いているようにしています。そこで個人的に僕が考えていることをまとめることができればと思って書き綴っていきます。

根本的に街自体がそもそも人間によって創り出された光景で、それと同時に人間がデザインを施した最たる光景だと思っています。この時代ですから都会は勿論のことちょっとした田舎でさえ街として整備されていて、人間のエゴによってどんどん自然的から人工的になっています。当然ながら僕もそのエゴに執着していますが、そこが惹かれてしまう要因でもあります。

直線的な道路や入り組んだ建物など自然界では絶対に有り得ない存在が平然と存在している事実。極端な話、自然は無限だけど人間の創り出したモノは有限だから生命と重ねることができます。それに明らかに人間がデザインしたモノには目がいってしまいます。どういう意図でこのデザインになったのか、考えるだけであれもこれもと思考が止まらなくなっていきます。

また、大学の流れで企業との結び付きを考えてしまいます。道路にしろ建物にしろ街をデザインしているモノは大抵どこかの団体が創りあげているモノです。変に発見してしまうこともあって、例えばロシアの交差点にてふと信号機を見たらSIEMENSと表記されていてSIEMENSって補聴器だけじゃないんだって知れたり、歩いたり見たりするだけで新たな発見が必ずあるのが最大の面白いところです。

事実、天才と呼ばれる人はもれなく歩くことが好きだったらしく、有名な話でジョブズがアップルの拠点近くにある散歩コースによく出没していたという話があるくらいです。実際にスタンフォード大学の研究者が歩いているときは創造性が向上するといった論文を発表しているほど歩くことはとても重要なことです。私自身、家にいて考え事をするよりも街を歩きながら考えてる方が様々なアイデアが思い浮かんだりします。家にいることが多いのですが、ここ1年でフラッと出かけることが多くなって実感として感じたことです。

現在というか大学4年の一年間は人生で後にも先にも一番暇なのではないかと思うくらい時間を持て余しています。だから、本を読みまくったり動画を観まくったり色々なことに手を出していました。その一つに、暇だと思ったら電車で約1時間半ほどかけて東京の街を練り歩くという一つの「趣味」みたいなことをしていました。恐らく今後もやっていくと思いますけど街を歩くことで気分転換だったり創造したりと前述で述べましたが、一番は街から何か面白さみたいなことを無意識のうちに求めにいっているのかもしれないです。

高校生の時に友達が少なかったのもあってとにかく授業中とか様々な場面で常に暇でした。そんな時は、あの生徒があの先生に好かれている理由は何だろうってことを考えて一コマが終わるなんてこともありました。もしかしたら、その延長線上に街歩きがあるのかもしれません。勿論人もそうですけど対象が街に変わっただけでやってることは高校生の時と変わらないのかもしれないです。ただ、その事を人に話したことなんてなかったですけど、先日仲の良い先輩と飲んでるときにふと話してみたら案外面白がってくれたんです。よくよく考えると最近覚えた街歩きもそれに通ずるものがあると思ってブログに書き記そうとなった訳です。

学生の記憶として書き残して人様の目に晒すことも悪くないと街へと向かう電車の中で書きながら思っております。