2020.10.08 -ESSAY

きっと何かの縁だろう

初めて武蔵野線に乗車していた先日。思っていたよりも田舎の雰囲気が出ていて、ついボーっと外に広がる森林の景色を眺めていた。

こんなにも社会から離れて生活をしていると、自分はこの世に必要ないのではないかと思ってしまう。勿論、自分で決めたことではあるから、誰かがどうにかしてくれるという人任せで周りのせいにするような思考には一切なっていない。それでも、こんな状況は生まれて初めてだから、色々模索している段階である。

感覚的にはもう何年も身動きが取れていない。何なんだろう、この焦りは。

ふとした時には我に返り、人生80年分のたった4ヶ月しか経っていないことに気が付く。こんなことでしか時間の流れを実感できない今の自分がとても嫌いである。

以前にも書いたが、どうも都合のいいことを言えなくて、面接ではひたすら本音で話をしていた。それだけが敗因ではないし、寧ろ他の要因がダメだったことのようには思う。今振り返ると、もう少し会話のレパートリーを増やしたいとつくづく思う。

とりあえず、このままではただ時が流れるのを待つばかりだから、何かしら動こうかと武蔵野線の車窓を眺めながら心に決めた。

「まだ言っても20代前半だし、一度ちょっとだけギャンブルに出かけてみようか。その後のことはまたその時に考える。どうせ失敗するなら今のうちにやってみて失敗しよう。」とこんな結論に至ってしまうものである。

吹っ切りというものは突然やってくるものだ。この吹っ切りも、もしかすると何かの縁かもしれない。

こんなにもノリの軽い奴が面接官かよ。こいつに履歴書見せたところで僕の1%も伝わらない。

こんな先見の明を持った風の奴が社長かよ。ネットにいくらでも流れている情報を自分の言葉に直しただけで僕の思考を論破したかのよう。

ここ3ヶ月間で、色んな人に出会ってきた。これらも何かの縁である。そういう風な考え方もこれからはしていこうと思う。

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