2020.09.16 -ESSAY

夏の終わり

季節の変わり目も分からないまま、ふとした瞬間に一瞬の寒気を覚えた今日。夏を一切感じなかった今夏が虚しく終わっていく予感がした。

幾分とある事情でお金を使うことができなかったこともあり、今年の夏はお家に篭っていた。皆が思う夏らしいことは一切せず、お先の見えない日々に逃避して逃避して過ごしていた。とても何かを始めてみようなんて気にもならず、何だか手につかない状態にまでなっていたのかもしれない。やっていたことといえば、面接、不定期の読書、昔のテレビを隈なく視聴、気になっていた映画を鑑賞などなど、何か成長してやろうなんて考えにも至らなかった。

その中でも、時々WEB上で仲のいい先輩や定期的に連絡を取り合う同級生と、あらゆることを話して物事を考えていた時間が最高に楽しかった。思えば最近、暇さえあればトーク番組ばかり見ている。その人なりの考えやどんどん派生して核心に辿り着く過程を、いちいち自分の考えに置き換えて再考してみたり、時間に余裕があるからこそできることだなとつくづく思う。

隙間にSNSを覗くと、大学生の軽いノリからくる浅はかな行動なんかを目にしてバカやってんなと思ったり、無事出産を終えた知り合いの方が快気報告をしていてほっこりしたり、本当にいろいろな場面に日々遭遇する。なんだかんだ、みなさん自分の道をどんどん進んでいっている。

それを閉じた瞬間だけ、あたかも僕だけが取り残されたような気がして、どうにもこうにも言いようがない感情に苛まれる。それでもここ最近では、この何者でもない期間を頃合いのいいところまで、神様から頂いた長い長い休みだと思い込み、立ち止まってみようと思っている。無理に走らず、頑張らず、徐々に徐々に。

勿論、早く決めて動き出そうとはしているが、人にはペースというものがある。急ぐと却ってペースを見失いそうになるので、自分のペースで動いていきたい。とはいえ、やはりこの状況から早く抜け出すことが先決である。

先日、流れでとあるマッチングアプリに登録した。彼女が欲しいとかヤリ目とかそういうのではなく、暇つぶしといったところか。何度かマッチングしたものの、年齢確認のため何度もデータを送ったが一向に認証されず、直接トークできないまま流れてしまったという珍事も起きた。

写真を見た限りでは相手の顔がどういう顔か全く判別できないことの方が多かったが、それもこれも年齢確認が認証されないことには始まらない。画像の不鮮明さか何なのか原因が分からない。近日友人と飲むのだが、そこでマッチング状況について知らせるという謎の口約を交わし、このままでは一個も話すことが無さそうな気配がしている。

それも夏の終わりということなのか。

バイブルみたいな作品「ビーチボーイズ」の中で、広海がもらした「自分で夏は終わりだと思ったら、その時が終わりなんじゃないかな。」という言葉を、毎年この季節になると頭に浮かんでくる。そう感じる瞬間なんて、変なことから気がつく程度のことかなと今年は思っている。さっきのことじゃないけど。

それにしても、同じ年齢のビーチボーイズはいい作品ではあるが、1997年という共通点がなければ興味すら持たなかったのではないかと思う。たまたま共通点を見つけてしまい、今では毎年欠かさず視聴している。考えもしなかったところから、面白いことや答えが見つかるときだってある。

ひょっとしたら、もう夏の終わりかもしれない。はたまた、そんなことにすら気がついていないのかもしれない。今の段階ではまだ明確には分からないが、近々分かることだろう。

分かったとして、夏が終わったところで秋がくるだけの単純な話だから、どうでもいいと言えばどうでもいい。でも、折角四季を感じることができる国に生まれたから、夏の終わりくらい気にさせて欲しいものである。

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