2020.08.02 -DIARY

学生生活最後の一人旅、UFOに取り憑かれた僕

〜一夜にして消えた街、UFO専用空港を求めて〜

パリに着いた途端、急激に冷え込んだ風が吹き荒れているではありませんか。空港からバスで中心部に向かい、雨上がりの夜を練り歩きホテルへと到着しました。道中、中国人が経営している日本食レストランを発見し、迷うことなく入店。

翌日になり、パリの人類博物館とケ・ブンラリ美術館へ足を運び、人類の叡智と歴史に浸っていきました。水溜りが反射して目が冴える頃、当てもなくただ歩き続けていると、時折お洒落な人を見かけました。それに加え、店内の内装、建築様式、芸術の都と呼ばれるだけあって、デザインがいちいちお洒落で、デザイナーの感性が豊かなんだろうなんて思っていました。

いつもの街ブラを終えると、ふとフランス料理が食べたくなり、たまたま身内の知り合いがレストランを営んでいるらしく、今回の旅で唯一贅沢な食事となるであろうフランス料理に導かれながら、少し緊張した顔でお店にお伺いしました。

すると、しっとりとした雰囲気のサービスの方に名前を聞かれ、完璧な間で自分の名前を名乗りました。「お待ちしておりました。」と一言。椅子に腰をかけると、メニューを差し出され、迷うことなくワインの銘柄に目がいってしまいました。オススメの赤ワインを注文し、そのままコースを選択しました。このコースがまた、めちゃくちゃ美味しいんです。

それからほろ酔い気分になった僕は、キュイジーヌに案内され身内の知り合いであるオーナー夫婦に感謝の挨拶をし、お店を去っていきました。

お世辞でも何でもなく、本当に美味しくフランス料理のフの字も知らない僕に対しても、丁寧に接してくれました。フランス料理が一気に好きになった瞬間でもありました。

翌日、目的地の一つ「オラドゥール=シュル=グラヌ」に訪れるべく、リモージュという地方都市に向けて長距離バスに乗り込み出発しました。パリを離れるにつれて、田舎の田園風景が広がっていきます。約6時間の道程だったがあっという間に時間が過ぎ、リモージュ駅に到着。目的地は明日のバスで向かうため、このままホテルにチェックインして、駅にある観光案内所を尋ることに。

すると、明日は日曜日でバスが運休していることが判明したのです。このままでは、後々の予定までもが狂ってしまい、タクシーで行こうにも料金が高額だと釘を刺され、どうしたものかと一度部屋に戻って最善の策を考えることにしました。先ほど頂いたバスの時刻表を眺めていると、翌々日の早朝にバスが出ていることに気が付きました。これなら目的地で十分な時間も取れて、尚且つ先々の目的地も問題なく行くことができると思い、明日は1日何も考えずに過ごそうと決めたのです。

そして翌日。僕はダラダラと時間を持て余した挙句、颯爽とホテルの部屋をカメラ片手に駆け出していきました。小雨が降りしきる中、田舎町に佇む中世ヨーロッパを彷彿とさせる美しい駅舎を通り過ぎ、街中の風景をファインダーから覗き込でいくのです。僕は今、遥か異国の地に立っていると改めて感じる足は、少し浮足立っているような感じが伝わってきます、とはいえ、柄にもなく美しい街並みに無我夢中でシャッターを押し続けていると、気がついた頃には既に夕時になっていました。

リモージュの街歩きは何とも言えない心地よさがあります。建物や人々が西欧ではあるものの、どこか僕の地元みたいな雰囲気があって、これまで旅をしてきた中で一番好きな雰囲気だったと思います。言ってしまえば田舎なわけだが、駅もそれなりに立派で、トコトコ歩いていくと気持ちのいい川が流れているのです。でも、日曜日ということもあってか、街の雰囲気がどこか寂れており、唯一昼食をとったマクドナルドだけは混んでいました。この手の写真も今後気が向いたら撮ろうかと思えた日でした。

まだ小雨が降りしきる中、早朝に目を覚ましチェックアウトと同時に荷物を預け、バス乗り場へと向かいます。ようやく行けると思いながら、バスへと乗り込み早々と出発していきました。乗客は僅か3人。少しの時間でも寝たいと思っているうちに到着し、共に降車した同年代の男子に道を尋ねました。彼から国籍を聞かれたので、日本から来たことを説明すると、案の定驚かれました。そうこうして歩きながら会話をし、彼はナイキのスニーカーを汚すかの如く雨の中を小走りで家路へと、僕はまだ見ぬ景色へと向かうのでした。

目的地では雨の中丸々2時間歩き回り、何とか納得のいく写真を撮ることができました。そして、再びリモージュ駅へと戻り預けた荷物を引き取って、そこから「BlaBlaCar」という相乗りサービスを利用しました。これは予めサービスに登録しているドライバーが、日時と目的地を設定して、それにドンピシャで当てはまる移動希望者は直接連絡して予約をするといったサービスです。イメージとしては、事前にアポを取るヒッチハイクのようなものといったところでしょうか。

勿論、他の相乗り人も赤の他人。しかし、値段が驚くほど安くて、おまけに飛ばしてくれたから予定よりも早く到着しました。もっと早くに発見したかったサービスでした。というのも、この街で見事に予定が崩れ、その後の電車もキャンセルして、一から移動手段を探っていました。電車の時間と上手く噛み合わず、かと言って長距離バスも出ておらず、街中でヒッチハイクをするにも走っている車が少ないし、タクシーは当然高く付くしと、ある意味背水の陣でした。しかし、奇跡的にこのサービスを知り、運良くドライバーを発見することに成功したのです。

こうして予定通りワインの街ボルドーに到着できました。ここボルドーから車で小1時間の海岸に、どうやらUFO専用空港があるらしくカメラに収ようと、これまた変な理由で訪れました。結果的には、冗談半分ではあるが小さなUFOのオブジェが飾られており、市長も公認している結構面白い場所でした。ここに訪れた日本人は恐らく僕だけでしょう。

そんな中、ボルドーでも性懲りなくいい感じのラーメン屋に入っていきました。どこにいたって、食べたい物は変わらないものです。旅情が全然ない僕は、どこか勿体ない気がするのと同時に、海外の日本食という何とも地味なフレーズと共に旅路を進んでいきましたた。

折角、ボルドーまで来たことだし、ワインでも飲むかと一瞬頭をよぎりました。でも、また訪れた時に飲めばいいやと思ってそのままパリへと向かっていくことに。フランスはまた来そうな感じがして、その時のお楽しみということです。先ほどのパリのレストランの方にもボルドーのお店を紹介されましたが、バジェットを抑えたかったので結局足を運ぶことはなかったです。

再びパリに戻った僕は、有名な納骨堂を写真に収めて、翌日のロンドンに向けて十分な睡眠をとることに。

〜レンデルシャムの森事件を求めて〜

翌朝、シャレオツなパリ市民の中に混じって、空港に向かうべくタクシーを捕まえることにしました。やはり2月のフランスは寒い。

荷物を預け出国審査をし、ロンドンに向け飛行機はテイクオフ。ロンドンの入国はどんな感じだろうかと楽しみにしていたら、まさかの日本と同じ自動ゲート。特定の国籍に限るが、非常にスムーズで楽です。そして、長距離バスでロンドン中心部に向かい、ホテルにチェックインした。ロンドンのホテルはべらぼうに高く、消去法で一番安いホテルでも高かったです。

明日はいよいよ、昔テレビで知ったUFO事件の現場に訪れます。どこか80年代のUFO番組で冒頭に流れる、あのBGMが脳内を駆け巡っていきました。あの耳の残る音は何でしょうか。誰が創ったのでしょうか。いろんな思いが交錯しながら寝床についていきました。

翌日、事前に手配した日本人ドライバーの車に乗り込み、レンデルシャムへと向けて出発。僕がアポを取るまでは全然知らなかったらしく、それほど知る人ぞ知る場所なのでしょう。車中での話題は専らコロナ。既に中国ではロックダウンがなされ、日本でもマスクが店頭に無くなっている状況下。

我々も気をつけようと話しながら、途中コンビニに立ち寄り朝食を買って車内で食べ、一先ず仮眠。それから程なくして、残り1時間といったところで目を覚ましました。窓から望む景色は既に木々に囲まれて、いよいよ到着するのかと高揚感に包まれていきました。次第に到着すると、颯爽と森の中へ。

UFOトレイルといった名前の通り、遊歩道として観光地化されつつあり、中々シュールなスポットで撮りごたえがありました。訪れた甲斐があったとつくづく思います。帰路に向かう途中、折角だしビッグ・ベンの横を通ろうかと提案されました。そういえば、これまで旅をしてきて有名な場所をロクに見てこなかったなと思い、減るもんじゃないし少し遠回りをしてホテルに到着しました。翌日は1日フリーで、イギリスの古着街やファッション街に興味があったので、そこを巡ろうと決めました。

次の日、地下鉄を乗り継いでブリックレーンへと向かう。古着のお店が立ち並ぶのと同時に、フリーマーケットが開催されていました。古着屋を散策していた中で、ふと立ち寄ったお店にイカしたジャケットを発見し試着して購入。その後も適当にブラつき、何も買わず後にしました。

ホテルに戻り、近くのスーパーで昨日と同様サンドイッチとスナック、軽めのデザートにコーラと水を買って部屋に戻っていきました。翌日の帰国に向け、荷物を整理しなければならず、面倒くさいけど何とか荷物をまとめて、そのまま就寝。

冷気と共に、僕は出国時刻の3時間前に目を覚ましました。中々タイトなスケジュールで部屋を出て、電車に乗り込み無事に空港に到着。チェックインの際、2週間以内にイランと韓国に訪れていないか尋ねられ、もう世界中で流行の兆しが見え始めていました。いいえと答えると、そのまま出国審査を通過し、飛行機へと搭乗していきました。

モスクワ経由で帰国するのですが、機内は空席が目立ち青々しかったです。日本人もチラホラと見える中、殆どの乗客はモスクワで乗り換えていきました。やはり機内は空席が目立ち、有償座席率が明らかに悪いだろうなと感じながらも、コロナの影響で致し方ないし、乗客としてはこの上ない快適さで過ごすことができました。

無事帰国し、税関を通り抜けるとインスタのDMを確認。というのも、ギリシャに行っていた友人もこの日に帰国するらしく、バスで地元まで戻り親御さんが迎えに来て帰るという話を受けていました。帰路に迷っていた僕は「一緒に乗ってもいい?」と機内で送り、そのまま電波が使えなくなってしまいました。返事はOKとのことで、感謝に尽きます。

友人も無事に到着し、僕たちはそのまま家路へと向かったのでした。

正直、かなり注意をして旅はしていました。といっても、僕自身が感染したという訳でもなく、まだ全然ヨーロッパではロックダウンする前でした。念のため、僕も帰ってきてから念のため2週間ほど家からは出なかったです。今回も無事に旅程を終えることができました。自己責任と他人に迷惑をかけないことを守りながら、情勢的に落ち着き次第これから先も旅を継続していこうとおもいます。

ソラハピ TAKIBI 海外旅行 ハッピーメール

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