2020.08.02 -DIARY

学生生活最後の一人旅、トルコの古景とギリシャの絶景

コロナの陰りが見え始めた2月中旬。大学で一番仲の良かった友人と卒業前の最後の飯にと、上野のもんじゃ焼きに入店していきました。お互いがお互いのことを話して、ふと「また海外に行くの?」と聞かれ、「来週行くかな。」と。そして、宴もたけなわということで、また近いうちに会おうと約束をして別れてました。何とも僕達らしい静かなお別れの会だったように思います。

それから数日後、僕は友達に告げた通りトルコへと向かうのでありました。今回の旅ではトルコ、ギリシャ、フランス、イギリスの4カ国に訪れる予定です。

〜世界最古の遺跡を求めて〜

トルコでは前々から気になっていた「ギョベクリ・テぺ」に訪れるべく、イスタンブールで飛行機を乗り継いでシャンルウルファを目指しました。飛行機の乗り継ぎで1日空いたため、空港から車で程近い地域に宿泊することに。この宿の雰囲気が民家のようで尚且つオーナーが日本好きということもあり、車中では話が弾みに弾んでいました。

ただ、出歩くのにはオーナーの車でしか出歩くことが出来ないシステムで、一度スーパーで食料を買いに出かけくらいで、それ以降はただ部屋で過ごしていました。翌日、再び空港に戻り目的の地へ向かうのでありました。

当然ながら、乗客の中でアジア人は僕一人だけです。それほど、シャンルウルファはあまり馴染みのない地域でしょう。まあ、シリアとの国境沿いに位置することで治安の面が心配されている地域で、物好きでなければわざわざ足を運ぶことはないかなと思います。

タクシーがまばらに停まっているほど、シャンルウルファの空港は決して大きくはありません。目的地の「ギョベクリ・テぺ」と博物館の2箇所を訪れるのは明日。今日はホテルにチェックインし、ゆっくりと街中を歩き明日どういう写真を撮ろうかなと、そんなことを思いながら過ごしていくうちに、次第と眠くなり気がついたら朝を迎えていました。

前日空港まで送り届けれくれたタクシーの運ちゃんに、目的地を巡る5時間をこの値段(明確な値段を忘れた)でどうだと事前に交渉していました。しかし、予定の時刻になっても一向に現れないものです。ロビーで待つこと1時間、ようやく姿を現した時に、「そうだ、ここは海外だった。」と我に返ってしまいました。時間通りに来る方が珍しいとまでは言わないものの、日本のように時間に厳しくはないようです。その後は無事に撮りたかった写真を次々にカメラへと収めていき、再びホテルへ戻るのでありました。

しかし、ここで重大なしくじりに気がつきました。なんと、タクシーの中にカメラを置いていってしまったのです。タクシーはまた違う乗客を乗せるだろうし、紛失したも同然。慌ててレセプションに事情を説明し、街中を支配人と歩き回って探すも、結局タクシーは見つからず。

と思いきや、僕が絞りに絞って出した情報で、美人な受付嬢が電話で無事にタクシーを発見してくれたのです。数分後、運ちゃんが戻ってきて、「迷惑をかけて申し訳ない。よければ明日空港に戻るけど、行きと同じ値段で手配してもいいかい。」と序でに手配までしておきました。これからは、絶対にレシートや車のナンバーをメモするという、基礎中の基礎を心掛けようと学美ました。

それから再び街中を散策。海外で街中を歩く時に、カメラでさえ持ち歩くことなく、自分の目で見たいという性分に気がつくものです。時折、「チャイナだ。」という色眼鏡で見られることもあります。しかし、海外ではもれなく田舎の地域に訪てきたせいか、こういったことから旅らしさを感じるような性格になってしまうものです。

この頃から、徐々にコロナ差別が増え始めたという報道を見受けられていたこともあり、多少気をつけて歩いていましたが、そんな様子は一切ありませんでした。結論から申し上げますと、今回の旅中にその手の差別は一切受けなかったです。後々書いていきますが、寧ろ所々で「日本から来たのか。」と、驚かれることが多かったり、珍しがられたりと、変わった旅人としてよくしてくれたシーンが結構ありました。それほど一人旅というのは、意外と面白い出会いが多いものです。

どこか中東の匂いを感じつつも、空港とは裏腹で意外や意外に発展していたシャンルウルファを歩き、ホテルへと戻っていきました。

翌日、カメラを置きざりにしたタクシーに再び乗り込み、空港へと向かっていきました。結局、馴染みの親父のタクシーに乗っていた3日間でした。安くしてくれてありがとうと、感謝の意を示し明日のギリシャに向けて、イスタンブールで滞在することに。中心部のホテルにチェックインした後、街中を観光客横目にダラダラと歩くも、大して目につくものが無かったです。

〜断崖絶壁の入り江に隠れる美しきビーチを求めて〜

イスタンブールは朝でも相変わらず賑わっています。朝早くからホテルをチェックアウトし、朝一番の飛行機でアテネへと向かいました。遙か昔、僕は一度だけトルコからギリシャを24時間雑魚寝ソファーの上で過ごしながら船で渡ったことがあります。それに比べて、飛行機って何て楽なのだろうとしみじみして過ごしていました。

そんなことを思いながら無事アテネに到着して、ホテルにチェックイン。特に予定もなかったのですが、ふと「アンティキティラ」のオーパーツが、アテネに保管されていることを思い出し、アテネ国立考古学博物館へ向かいました。例のごとく、目的の展示品はショーケースの中にあります。写真を撮るのに一苦労したものの、本で見ていたオーパーツを実際に見ることができ、もうアテネを満喫した気でいました。

それからは、パルテノンまで歩いたり、日本食を探したりとのんびりと過ごしながら2日間滞在し、いよいよ長距離バスでザキントス島へと出発しました。ザキントス島は以前にも訪れたことがあったものの、その時は岩崩れが発生し目的の場所を拝むことができなかったのです。そのせいか、今回はやけにテンションが上がっています。

やはりザキントス島は、僕好みのゆったりとした雰囲気が流れる、非常に魅力的な島でした。田舎ですけど、観光地でもあるから程よく栄えており、オフシーズンだったこともあってか、中心部でさえガランとしていました。そこがまた良い。こうして街の空気感を肌で感じ、翌日例のビーチへ。

ツアーに参加して訪れたのですが、卒業旅行中の同い年の学生と一般旅行者の方々と共に巡っていました。後から聞いた話ですが、僕は同い年の方々に写真を撮ってくれと頼まれたのですが、それを断ったという、とても器の小さい行為をしていたらしいです。正直、写真を撮影することにめちゃくちゃ集中していたこともあり、全然記憶になかったのです。申し訳ないことをしたなと思いつつも、本当に集中したければ個人で巡れよと反省ばかりであります。

そして、再び長距離バスでアテネへと戻り、薄気味悪いアテネの裏道を散策しながら例のラーメン屋を探して、翌日パリへと向かったのです。

ソラハピ TAKIBI 海外旅行 ハッピーメール

PAGE TOP