2020.02.26 -DIARY

大学生活を振り返るといっても結局は

最後の1年間は自分が果たして何者なのか分からなくなるくらい、大学に行っていたのは実質3年間でしたが、自分としては割と後悔のない4年間でした。

その中でも、やはり旅というのは大学生活で非常に大きかったように思います。というより、大学での思い入れがゼミくらいしかないから、振り返りようがないというのが本音。それでも大学は卒業するし、このタイミングで折角だから旅だけでも振り返りたかったので。

まず、旅の資金はバイトして貯めて使っての繰り返しだったから、1日1円も使わずに家でずっと過ごすみたいな日は数えきれないほど多かったです。

旅自体は割と淡白で、旅のこだわりを挙げるとするならば、撮影するための移動予算を惜しまないということだけでしょうか。それ以外は何もこだわりがなく、安く抑えようと現地で中華料理店や日本食店を見つけたりスーパーの食材でやり過ごしたり、宿も以前はゲストハウス中心でしたが今は撮影やパソコン作業に支障が出ないように普通のホテルに宿泊することも多くなりました。

カメラを持つ前は全然目的もなく旅っぽい旅をしていましたけど、僕にはバックパッカーや旅人のような「これぞ旅だ。」という旅は向いてないし長続きしないと察しました。それでも旅に出ることは好きだしこれからも続けたいとは思っていたので、今は写真撮影という明確な目的を持って海外に出ています。

一昨年に親戚と海外の話をしていたら、海外に行くだけじゃ普通の大学生と変わらないよねって話になって、それも目的意識を持って海外に行くようになり様々な視点を意識して海外に出るようになったきっかけの一つかも。

結局、自分を変えてまで旅をしようと思わないというか、自分の中で旅は日常生活の延長線上にしかないのかもしれないです。ここ1年間で自分が見つけた最高の旅のスタイルは「暮らすように旅をする」で、日本でも海外でも着る服は変わらないし食べたい物も変わらない。変な話、海外のラーメン批評や寿司批評を書ける謎の自信はあるくらいで、でも逆に、そうでもないと折角好きになった旅は長続きしないと思うから今のスタイルになりました。

ただ、無闇に写真を撮影することが最終目的ではなく、何かしらの形で発表しより多くの人に伝えることが終着点でありますので、そのためには様々なことをやらなくてはならないと思っています。発表できる箱を作らないといけないし、自費でも何でも写真展を開いたり本を出版したりと、やれることは無限大にあるのかな。それに撮影している被写体が被写体だけに、ジャーナリズム的な要素も必要になってくる場合もあるし、大衆的になりにくい被写体であることも重々承知しています。

そのために、ある程度の社会情勢や被写体に対する知識を備え付けておくことが必要不可欠で、写真は撮影するだけでなく説明を加えることで始めて写真としての価値が見出されてくると思っていますので、そちらの能力も。

だから、より多くの人に見てもらうためには、どれだけ大衆向けに発信していけるかが今後難しい部分だと思っています。全く興味のない人が興味を引くためにはどういったニュアンスで伝えるべきなのか。そういう意味では、あまり誰も撮影していないような写真を撮影しようと意識していて、仮に撮影し尽くされている場所でも何かしらの形で個性を出せるように今はとにかく独学で頑張っている風に過ごしています。

独学という意味でいうと、大学では写真とはかけ離れた分野を学んでいて、芸大美大で学んでいる方に比べれば写真に対する専門性に欠けますが、正直今の大学に入ってよかったと思っています。より現実志向というか、どれだけ理論立てて追求できるかが問われる学問で、写真のような芸術的観点でも捉えることのできる分野とは丸っきり違います。

だからこそ、現在訪れている場所のような理論では片付けられない部分に惹かれたのかもしれないです。授業を受けていても分かりきった答えで、どれだけ効率的で現実性があるかをひたすら講義していく空気が僕には無理だと思いました。それよりも、今僕が撮影している被写体達のように非現実的で非効率性の存在の方が自分は惹かれると感じてしまったのです。

ある意味、大学に入学して当然やってきた学問は今後に活きると思いますが、根本的な考え方では寧ろ全く共感できなかったのが正直なところです。それに対する反骨心もあってか、都市伝説に纏わる場所や廃墟など存在自体が謎めいた被写体を追い求めているのかもしれないです。

もっと格好いい言い方をすれば、「明確な答えはいらない。」といったところでしょうか。例えば、原発は良いと言う人もいれば事故を危惧して悪いと言う人もいて、でもそこが重要ではなく、何故それを人間は作ってしまったのかという経緯に写真を合わせているイメージ。

これは大学で学んできた学問の根本的な考えと違うと思うし、大学に入ったからこそ学問の考え方と自分の考え方のギャップを見つけることができたとも思います。

それでも、大学に入学してから社会の仕組みや経済的な視点も養われた気がしており、写真に対しても大衆的な感性を大切にしたいですね。旅もそうだけど旅にはこれという既定概念も大切ですが、僕はそれっぽいのがどうも嫌で、服装にしろ何にしろ理想はその職業や肩書きっぽい見た目や考え方を無視して、あの人は果たして何をしている人なんだろうと思わせることです。

本当に様々な視点を持っていたいので、例えば綺麗な海が目の前にあるとして、カメラマン的にはどうやって綺麗に撮れるだろうか、一方で経済学者的にはこの海でどれだけ魚が獲れて流通して販売されていて尚且つ観光客はどのくらい来るのか、はたまた漁師であればこの海は波がなく漁がしやすそうとか、その色んな考えを持つことで写真に限らず様々なことでより深みが増すと思っています。

大切なのは答えじゃなくて考えること。この色んなバランスを意識するようになったのも、振り返ってみると大学に入学して旅をするようになってからでした。

こうやって振り返ってみると、世間一般的にサークルやゼミナール活動など、いわゆる大学生らしいことを殆どしてこなかったように思います。それがいいのか悪いのか現時点では全く分からないです。でも、それはそれでいいのかなと思うようにしています。

今後ともこんな感じで、やめられない人生を進んでいこうかな。

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