2019.05.08 -ESSAY

無駄という無駄な考え

本当に高校時代は、勝手に孤独を装い必死に自分を肯定しながら生き抜いてた。

ただ映画、本、テレビといったいわゆるマスメディア。この3つは陰ながら、唯一熱中していたことで、暇を見つけてはTSUTAYAやBOOKOFFに通って、ひたすらに面白そうな作品や古本の新書を漁って、手に入れたものを篭って見まくっていた。楽しかった時間であり、一番好きな時間だった。トータルで見ると、趣味に没頭していた時間が異常に多かった。

それと同時に、周囲の同級生は皆部活やバイト、恋愛に勉強と高校生生活に大忙し。僕自身、ずば抜けて頭がいい訳でもないし運動ができる訳でもない。イケメンかと言われたら恐らくブサイクの部類だろう。かといって、ユーモアが溢れる人間でもない。当時の僕は、狭い狭いコミュニティで生きていたため、そこが全ての世界だった。だから、あまりにも青春を謳歌している人が多いので、どこか輝かしく映り自分と比較して勝手に劣等感を抱いていた。

今思うと、比べること自体ナンセンスで、周りなんてどうでもいいと少し反省。でも、自分が少しネガティブになってくると、充実してる人を妬むことって人間の性な気がするので、仕方がないと思うようにしている。

別にやるべきことも特になかったし、高校生活でやりたいこともなかった。そんな中で、趣味に少し走っていたあの時間が、当時はどこか虚無で無駄な時間だと感じていた。「いつかこの狭い世界から抜け出したい。」と密かに思うようになり、でも時間とお金に余裕がないからどうしようもできない。燻ってたあの時は今でも忘れない。

でもここ最近、あの時の劣等感みたいなものを振り返ると、今の自分を形成してる一つだということに気がついてきた。紛れもなく、あのつまんない人生って思ってた時の自分が活きてる。

結局、無駄だと思ってたことって実は無駄じゃないってこと。何気なくテレビをずっと観ていただけなのに、今それがきっかけで言葉を軸にした仕事を探している事実。旅のきっかけだって、あのとき何気なく観てた「The Secret Life of Walter Mitty」という映画が決定打でアメリカ旅行を決めた事実。結局のところ、人生において無駄なことって一つも無い。月並みの言葉だけど。

こうやって生きてきたけど、不思議なもので後々振り返ると後悔をことがあまりない。例えば、部活を辞めるって決めた時に顧問らと小一時間話したけど、とある場面で「高校の部活の友達って今後も付き合っていくから勿体ないよ。」みたいなこと言われた。正直、上辺の付き合いで部員同士が深い関係でもなかったから、そんなのって人それぞれでお前の過去の栄光を人に押し付けてくんなよって。

未練とは殆ど無関係かもしれない。というより、未練や後悔を持ちたくないと言い聞かせているだけなのかもしれない。いずれにせよ、その時折で家族には散々迷惑をかけてきたので、申し訳なさは未だに忘れられないものである。

少し脱線したが、「無駄という無駄な考え」を今後は捨てていこうと思う。

ソラハピ TAKIBI 海外旅行 ハッピーメール

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